- 2021.05.13
🌺家族の愛に包まれた日々~
20期下期キックオフ事例発表では、加古川西に続いて僅差の2位になりました。
翔月庵 神戸大開の事例をご紹介します。
Aさまは、長年にわたりアーチ・ディサービス春日野から新神戸移転後も 合わせて11年間ご利用になられました。
令和2年10月、ご自宅で腰痛から動けなくなり救急搬送され入院。急性期病院から リハビリ病院へ転院を余儀なくされ、誤嚥性肺炎によりリハビリもできなくなられ、
コロナ禍の基、面会もできず。
在宅に戻るなら胃ろう・径間栄養の話となりましたが、
ご家族の判断により翔月庵へご入居されました。〝今だから抱える悩み〞をご相談いただきました。
病院で療養中の祖父(Aさん)と面会できず日々寂しく心配している祖母の思いを
叶えてあげたい・・・というお孫さんの思いからでした。
Aさんは11年という長きに渡りグループ事業である
アーチ・ディサービス春日野~新神戸のご利用者様でした。
週2回運動を欠かさず続けて来られていました。
令和2年10月初旬、腰痛から始まり動けなくなった為、救急搬送となり
治療を受けることとなりましたが 急性期病院の為11月に転院。
在宅へ向けてリハビリを開始するも誤嚥性肺炎でリハビリも中止となってしまいました。
リハビリ再開もできず自宅ではご主人の帰りを待つ奥様が
不安な日々を過ごしておられました。
11月初旬になり病院から経口摂取はもう難しいので経管栄養か胃婁をと
進められ親族間で話し合いを重ねられました。
看護師から現状説明を受けるも、ご本人との面会も叶わない為、様子がわからず
決断することは容易ではありませんでした。
「やはり退院させたい!!」「祖母に会わせてあげたい。」
親族で看取りたいという決断をされました。
自宅に連れ帰ることができないため、入居・入所先を探されましたが病院だけでなく
施設もほぼ面会謝絶が多く受け入れ先がみつかりませんでした。
家族で看取ることの難しさを痛感されたそうです。
しかし、食事が摂れていないため今後の方針を早く決める必要がありました。
翔月庵なら受け入れてもらえるのではないか?と相談をいただきました。
その時期コロナ禍で面会謝絶が多い中「翔月庵 神戸大開」では制限はありましたが、
面会可能としていました。
施設ではなく住宅であることの利点として最後まで寄り添いながら看取ることは可能です。
迷うことなく受け入れさせていただくことにいたしました。看護師が常駐ではありませんので、往診医と訪問看護師・訪問介護其々と連携をとりながらの
支援となることなど詳細をご説明いたしました。12月中旬ポート造設を受け1週間後に退院と同時に
翔月庵入居となりました。
まずは往診医と看護師と調整を図り毎日朝・夕訪問看護が
入ることで医療的ケアを行い日中・夜間に関しては
訪問介護と翔月庵での巡回にて対応いたしました。やはりお薬より効果覿面。
ご家族と対面されてからはみるみる元気になられました。
またアーチデイサービスに戻れるのでは?と
ご家族からそんな声すら聞かれたこともありました。
ご家族との会話を楽しまれゼリーを口にされることも・・
そんな中少しずつ発熱などの症状変化が
みられるようになりました。
看護師やDrも何度も訪問して状態観察をしてくださいました。ご家族も交代で泊まり昼夜横に寄り添いながら
最後の時間を大切に過ごされ親族の方皆様と
お会いになることが叶い安心されたかのように
1月中旬 親族に見守られる中 天国へと旅立たれました。コロナ禍で制限が多い中、A様とご家族の望みだった
最後の時間を翔月庵で過ごしていただくことができました。
短い期間ではありましたが、ご親族にとっては尊い貴重な時の流れで、A様にとっては
皆さんの愛に包まれたとても穏やかで温かい時間ではなかったでしょうか。
奥様も最後を見送れたことでの安堵感をお話くださいました。
貴重な95年の人生史の最後に携わる機会をいただけたことに
心より感謝しご冥福をお祈りしております。
また、ご家族より心温まるお便りを頂戴し、
今回の掲載に際し翔月庵で過ごされていた時の写真もご提供くださいました。